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砂漠のナボナ

来る前からここにいて、去った後もここにとどまる

OBから見た一橋大学のジェンダー覚え書き

読みまして。

www.buzzfeed.com

一橋大学はぼくの母校なので、こんなことが起こっていたことにひどくショックを受けた。死んだ学生は2015年当時25歳だというから、彼が学部時代から一橋だったなら在学期間もかぶっていたはず。ぼくは経済学専攻だったのだが興味本位でロースクールの講義をのぞくこともあったので、もしかしたら同じ教室にいたことがあったかもしれない。

そういえばわが母校にはこんなこともありました。

matome.naver.jp

この騒動以降学園祭でのミスコンはほぼ消滅し、女子学生をステージにあげるもののミスコンとは違うボンヤリした企画にかわったらしい。学園祭と言えど所詮学生のサークルが運営する催しに過ぎないと言ってしまえばそれまでだが、スタンスを貫くなりきっちり謝罪するなりしなさいよと思ってしまう。

個人的な話になるが、1年次の必修の英語の講義の中で、とにかく何かしら近くの人と話さなければならないとき、「彼女はいますか?」的なことを男子学生から聞かれた。まあ、いなかったんだけど、初対面の人にそんなプライベートな話をしたくなかったので「なんでそんなこと聞くの?そんないるいないが当たり前のように聞かれても、仮にぼくが同性愛者だったら彼女なんていなくてもおかしくないよ」と答えたら彼は「マジかよ」と言って若干引いていた。

これらの出来事を並べると、なんとも性の多様性に不寛容な大学に思えてくる。どっちかの記事には「大学ではジェンダー教育に力を入れているって言ってるのに」みたいな記述があったと思うけど、実際にジェンダー教育の名の下に新設された講義は出席を取らず課題図書のレポートだけで評価が決まるから興味のなさそうな学生たちでガイダンスが満員だったっけ。でも、僕が在学時にちょっと交流のあった、学内でジェンダー関連の仕事をしていた人たちは問題にすごく真摯に取り組んでいる人たちだった(全員女性だったけど)。あと、男子高出身の友人から同性愛者のクラスメイトに付きまとわれて嫌だったみたいな話を聞いたことがある。だから、大学としてもないがしろにしているわけじゃないし、男子高出身者の多い大学だからもう男は勘弁してくれろ、と思ってる人も多いのかもしれない。

そしてこの記事も読みまして。

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まず驚いたのは東大には女子学生が2割以下しかいないということ。そんなに少なかったのか。一方で一橋大学は「全学では3:1だが経済学部だけなら9:1」とか「経済学部は東工大より女子比率が低い(東工大バイオ系で女子を確保しているから)」なんて噂を聞いたことがある。実際の数値は知らないけど、体感としてはそんなに間違っていないような気がする。あと東大と一橋で似ているのが他大学から女子を集めていること。一橋はほぼ津田塾大学一択で、まわりはみんなインカレサークルで知り合った津田の女の子と付き合っていた。そして学生は首都圏の小金持ちの家が多くて、女子学生になるとさらにその比率が高まるのも東大と似てるかな。大学名で「東京大学」よりも引きが弱い分、一橋の方が出身の多様性が少ないかもしれない。

なんとなく結論としては、依然として都会の難関大学には男子学生が多くて、彼らのジェンダー観は結構ステレオタイプで、大学側も国のリーダーを育てていこうと息巻く割にはここらへんがおろそかになりがちで、わが母校もその1つといった感じ。まあ、ありそうな話ではあるんだけど、なんだかすごく残念。別の話題で引用しようと思ってたんだけど、上の記事と同じ東大新聞にこんな記事があった。

www.todaishimbun.org

「お前の言ってることは確かにアリかもしれない」って思えるかどうかというのは、それぞれが依って立つ前提を想像できるかどうか、というところにあると思うんです。端的にいうと、他者に対するリスペクトだと思うんですよね。それを実際に持つためには、かなりのレベルの教養と想像力が要る。それは何も人文系に限ったものではないですが、基本的な価値観を支えるものとして、人文的素養が大いに役立つというのが私の見解です。

一橋大学は社会科学の大学ではあるけれど、実はこういう教養を身に着けるにはかなりよい環境が整っていると思う。まず商、経済、法、社会の4学部の科目は所属が他学部でも原則として履修が可能だ。教員も実にバラエティに富んでいて、商学部に経済学者がいるし(組織論とかはほぼ商学部)、商と経済にガチの数学者がいるし、社会学部の中に左翼がいる一方で経済あたりの人たちは(結果的に)右寄りになっている人が多かったりする。学部としては存在しないけど人文学の教員もたくさんいて、教養の講義や大学院でなら彼らの教育も受けられる。そんな環境がありながら、「お前の言ってることはアリかもしれない」って言えるような人たちが少ない気がする。原因はわからないけれど、東大生みたいに「父が大企業、母は専業主婦」みたいな学生が多かったり、学問をするというより商社とか金融とか大企業に就職したい学生が多いからだろうか。

最初の記事の話に戻ると、告白された学生も戸惑っていただろうし、まさか死ぬとは思っていなかっただろう。でも、同性愛者への嫌悪をあらわにする人たちに言いふらす前にもうちょっとなんとかなったんじゃないのか。そして大学側はもっと誠実さを以って問題に向き合ってほしい。以上めんどくさいOBの雑記でした。