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砂漠のナボナ

来る前からここにいて、去った後もここにとどまる

痛みの年 2016年振り返り

年が明けてから1年を振り返るのってなんか出遅れた感がすごいですね。とはいえクソ忙しい師走になんでも詰め込んで終わらせようとするのがそもそも日本の生産性の低さにつながっていて云々。とにもかくにも振り返りです。

2016年、とにかく痛かった。肉体的にも、精神的にも、いわゆる「痛々しい」的な意味でも痛かった。

はっきり書けることとしては、現状毎日下痢と共に血便が出るようになった。6月か7月くらいからだったか。通常予兆→第一波→第二波と段階を踏む下痢だが、これに関しては痛みが一気に来る。これを「P波とS波が同時に来る直下型地震」と呼んでいるのだが、我ながらうまいたとえだと思う。これがなかなかどうして、とにかく痛いのとランダムに来るのと血が出るのとでとにかくつらい。あまりにつらいので、もはや生理痛の痛みすら理解した気でいる。フェミニストを敵に回す発言すら辞さないほどのつらみである。はてならしいことを書いておくと、ぶっちゃけ1回職場で漏らした。出たのはほとんど血だったけど。そして来月ついに内視鏡と相成った。あと痔。最初は血便じゃなくてこれだと思っていたのだが、こっちもばっちりイボ痔ができていた。切痔だと思っていたので、痔核はあったが自覚はなかったという格好となる。前述の下痢と合わさって痔瘻に向けてまっしぐら、これぞ泣きっ面に蜂、多重苦、痛くなったらすぐセデスである。うん、もはやなんでもいいけどつらい。痛くなくなるならセデスでもパブロンでもウナコーワクールでもなんでもいい。残りは肩こり(ひどいときは首筋経由で後頭部にくるやつ)、腰痛(90年代以降の藤波辰巳みたいになってる)などなど。既に終息した案件でも今年は1週間高熱で寝込むのが2回、包丁で指先を切り落としたのが1回(ほんのちょっとでも肉まで切っちゃうと形って変わるんですね)、魚の目に悩んだのが3か月ぐらい、派手にすっ転んだのは4回ぐらいか。書き出してみると本当に痛かったなあ。

まあそんなこんなで精神的にもつらかった。それぞれの痛みによるつらさ、そんなんだから休んでも仕事の疲れがまったく取れないつらさ、自分がもう若くないのだなあというつらさ。実際そこまで年食ってるわけではないのだけど、不定愁訴の嵐と誰もが認める老け顔のせいで、自分が若かったという自覚のないまま老いていくという感じ。学生時代とか、特に楽しいことのないまま今まで来てしまったのが、それでも若かったら何とかなるだろうと思っていたのに、その若さまで無くなったのか。ケアしなくても無理の利く体とか、そういうものを使って何かを成し遂げたりすることなく老いてしまうのか、という気がして寂しくなった。そういえば失恋もしたしね。タイミングを問わず下痢をする体では、今後のキャリアにも響くかもしれないし、おちおち女性とデートもできなくなるかもしれない。そう思うことが多くて、とにかくつらかった。

そんな中でもむやみに頑張ろうとして、結構痛々しい感じになっちゃってたなあ、と思うことが振り返ると多かった気がする。休みの日に無理しておしゃれして出かけて余計疲れたり、うん、あとはあんまり折り合いがついてないから書けないな。痛い思いをしている自分を客観視して痛々しく思うって、つらみの連鎖がすごいですな。

そんな中で今年うれしかったのは、ブログを書いたことで反響がもらえたこと。特に、ぼくの書いたエントリがきっかけで自分もブログを書いた、という人がいたこと。涙が出るほどうれしかったなあ。前々から相手に触れることなく人を動かせるような、そんなものを生み出したりしたいなあと思っていたけれど、そういうことができるのは一部の才能にあふれていたりカリスマ性のある人だけだと思っていたので自分には縁のない話だと思っていました。それが急に叶ってしまって、ブロゴスフィアというものはかくも趣深いものなのかと思い知りました。単純に書くことは思考の整理にもなっていいですね。2017年はもっといろんなことを書きたいなあ。読んだ本のこととか、プロレスのこととか、好きなことをもっとたくさん書きたい。ネタはたくさんあるから、あとは時間と体力を何とかしたいところ。でも、健康に関しては前述の通りだし、職場でも実力の伴わない出世をしてしまったし、二進も三進もいかない感がある。今年は楽しいことばかりの1年だといいなあ。

だいたいそんな感じ。現場からは以上です。