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砂漠のナボナ

来る前からここにいて、去った後もここにとどまる

挑発(といってもセクシーではないやつ)

ねえ、あなたって結局何がしたいの?

偉そうにしたかっただけなの?勉強して、それで人から賢いねって言われることが目的だったの?まあ、学生の頃は勉強さえしてれば偉いね、賢いねって家族も先生も言ってくれたよね。でもさ、高校出て以降は、今まで勉強してきたことから何をどう考えるか、それをもって何をするかが大事なんじゃないの?ほめられるのは確かにうれしいよ。実のところ、学生のころと同じように、世間でよいと言われていることの勉強を続けていればほめてくれる人って、社会に出てからも結構多いよ。だからってさあ、それをあなた自身の偉さと錯覚しちゃいけないんだよ。世間の人がいいって言ってるからって、それをあなたが鵜吞みにして自分の偉さと勘違いして、そんな偽りの権威でもって他人をバカにするようなことは、絶対にしてはいけないことなんだよ。そこには実体が何もないし、何かを生み出すようなものではない。もっと言えばあなた自身やあなたを応援してくれた人たちを辱める行為なんだよ。あなたはそれをわかってるの?

あなたはそうやって、手間を惜しまず手を動かして何かを身につけるでもなく、物事の上っ面を撫でまわして悦に入ることしかしていないのに、たったそれだけのことを根拠に自分を高いところに位置付けて人を見下して、それがあなたのしたかったことなの?そうして出来上がったあなたの将来って、簿記2級とTOEIC700点を履歴書の飾りとして持ってて、司馬遼太郎塩野七生を信奉する、自分にとって使い勝手のいい駒を量産するだけの何かだよ。はっきり言うけど、それって害悪だから。なに、この日本においては特別なものでもない。そんなやつばっかりだよ。でも、そこから抜け出そうって話を僕らはもともとしてたんじゃないの?なんで自分かわいさに本来の目的をこうもあっさり見失ってしまうんだよ!バカかてめえは!

うん、ご想像の通り、ぼくは自分のことを大衆に染まらない、自分こそが根本的な革命を成し遂げる側の人間であるとうぬぼれながらこれを書いている。ぼくだって自分がかわいいから自分の意見を支持している、これはきっと間違いないだろう。でも、ぼくは絶対に人を馬鹿にはしないんだ。なぜなら自分がされたくないから。そして自分の大切な人が馬鹿にされていたらひどく傷つくから。考えてもみてくれ、あなたが馬鹿にしている目の前の人は、家族がいて、友達がいて、恋人がいて、大なり小なり夢を見ている、尊重すべきひとりの人間だ。あなたと何も変わるところがない。それを馬鹿にしていると、それがいつかあなた自身に返ってくるんじゃないか。ニーチェを引用するまでもなく、すべてのものがあなたを覗き込んでいる。あなたが馬鹿にしたから、あなたは馬鹿にされる。それでいいの?ぼくはよくない。あなたも誇りある人間だ。尊厳を持ち偉大なことをなすべきひとりだ。そんなあなたが馬鹿にされていたら、ぼくはつらい。そしてあなたを応援してくれている人たちも苦しむだろう。それでいいの?いいわけないだろうバカが!人間なめんじゃねえわよ!人間ってなあ、すげえんだよ!最高なんだよ!わかってんのかボケが!いい加減にしねえとえぐるわよマジで。愛せ!てめえを愛せ!そんでもって世界に示せ!お前の愛で世界を壊せ!死ね!生きろ!もういっぺん死ね!以上!

 

という文章を書くぐらいにはいろいろとやることが詰まって負荷がかかっておりますことよ。こうなるとやはりセクシーな方の挑発をしてくれる美女が必要なのではないか。ビーフシチューうめえ。現場からは以上です。

忙しいので愚痴

ファー 忙しい!

まず年度末!決算期だね。もろもろの調整でいろいろと考えることが多いよ!忙しいね!

次にためてきたタスク!出さなきゃいけないメール、片づけなきゃいけない服、片付くわけねえだろ!忙しいね!

そして資格取得!某資格を取ろうと学校に通っていたんだけれど、さぼり続けたせいで期限が切れそうだよ。学費の数十万円は家族に借りてもう払っちゃったのにね!忙しいね!

他にも体調!下痢&血便は相変わらずだし、最近疲れて家に帰るなり寝てしまうよ。前は職場が遠くて上司がクソなせいだと思っていたけれど、家から近くてまともな上司のいる職場に移動になってもすぐ疲れるようになったね!忙しいね!

忙しいね!

忙しいね!

忙しいね!

フゥーッ!

パーティを続けようって言われたら泣きませんか

15歳と16歳と17歳の時と!20歳と21歳の時も僕はずっと!待ってた!!

バンドに誘われるのをだろ!!!

ほら、あの、才能を見出されたい欲というか。月影先生恐ろしい子!って言われたいみたいな。いや、違うな、単純に人見知りだから、ほかの人が誘ってくれるのを期待するだけで自分から動くことができなかったんだと思う。実際にそこまでバンドをやることに執着があったわけではない。楽器弾けないし。みんなが集まって楽しそうにしているのを見て、あの中に入りたいなあ、でもお前みたいなやついらないよって言われたらいやだなあ、いやでも案外すんなり入れたりして……でもなあ、というウジウジにもほどがある態度しか取れなくて、誰かにそこから引っ張り出してほしかったんだと思う。そういう過去があるから、今は楽しそうなことを思いついたら人を誘うようにしているけれど、それでも断られたりドタキャンされたりする。それでもなお楽しいことがあったりもするのでいいんだけど。

というわけでパーティを続けようとか踊り続けようとか、そういう歌詞の歌にとことん弱い。泣く。聞くや否や泣く。まあ、要するに好きな曲の紹介です。

今夜はブギーバック


TOKYO CULTURE STORY|今夜はブギー・バック(smooth rap) in 40 YEARS OF TOKYO FASHION & MUSIC|presented by BEAMS

とにかくパーティを続けよう

これからもずっとずっとその先も

このメンツ このやり方

この曲でロックし続けるのさ

そういう歌詞のある曲の筆頭、でもってこの動画ではラストにtofubeatsと仮谷せいらが歌ってるっていうのがまたいい。この2人といえば”21世紀のブギーバック”こと「水星」。狙いすました”パーティを続けよう”感に涙腺爆発。もう最高。キラキラ光るとこにおれを連れて行ってくれ。余談だけど、この動画を見てから自分の中で野宮真貴ブーム&戸川純バイバルブームが起きたというエポックメイキングな一本なのです。


tofubeats - 水星 feat,オノマトペ大臣(PV)

めくるめくミラーボール乗って水星にでも旅に出ようか

いつか見たその先に何があるというの

きらきら光る星のはざまでふたりおどりあかしたら

もっと輝くところに君を連れて行くよ

 

シュガーソングとビターステップ


UNISON SQUARE GARDEN「シュガーソングとビターステップ」ショートVer.

アニメ「血界戦線」のエンディングを見たときは衝撃が走った。原作の煮詰めたB級感を考えるとあまりにスタイリッシュすぎやしないかという本編の演出を、まあこれでもいいかと丸め込んでしまったうえ実にいい感じでまとめられてしまったあの一連の映像は、原作とこの曲の両方が持つ「パーティを続けよう」感がガッチリはまって抜け出せない、プロレス技で言うとナガタロックⅡみたいなサムシングである。ここでまた余談を書いておくと、とあるDJイベントでこの曲がラストにかかったものだから血界戦線EDよろしく隣の人と肩組んで踊ろうとしたんだけど、小柄な女性を巻き込んでしまって迷惑をかけた苦い思い出がある。その節は大変申し訳ございませんでした。

南南西を目指してパーティを続けよう

世界中を驚かせてしまう夜になる

 

「You Can't Stop The Beat」


Hairspray - You Can't Stop The Beat [Lyrics]

'Cause you can't stop the beat

 

ぼくが人に何かを語るとき、それは「パーティを続けよう」という意味であり、そしてそれはどこまでもアイラブユーなのである。実際に宴会に誘っていることもあるだろうし、鬱陶しい説教の場合もあるかもしれない(その場合は大変に申し訳なく思う)。それでも、それはあのときの自分がほかの人にしてほしかったことで、独りよがりで恐縮だが、ぼくにとっては最上級の愛情表現なのだ。願わくば、そのことがいくらかでも伝わらんことを。それじゃあ踊りに行こうか。ヘイ、ガイズ。レッツパーリーオールナイローン。

 

現場からは以上です。

最近あったうれしいことと、かねてより「お前らいつの間に」

うれしかったことというのは、友人が共通の知人と付き合っていたと知ったこと。早く言えよな、という気持ちと抜け駆けしやがってという気持ちが無いではないですが、知っている2人が好き合って一緒にいることにした、という選択がなんだかとてもかわいらしい。たとえ自分に恋人がいなくても他人の浮いた話を素直に喜べるようになったのは、なんだか非モテとしてあがりを迎えてしまったような気がするのですが、好きな人と一緒にいることはとてもよいことなのではないかと考えておりますのでとても良いことであろうことは想像に難くなくとてもよいことが最高すぎて最高なのであるならばそれが最高に最高であってとにもかくにもそれが一番大事MANブラザーズバンドなのではないか、石井はカールスモーキー、などと考えて久々にうれしくて酒を飲んでいます(そして後ほど血便を出します。一昨日のエントリ参照)。

で、それはいいのですが、かねてから身近な人同士の浮いた話を聞くにつけ「お前らいつの間に」という感想がまず来ます。グループの中で知らないのがおれだけだったとか、もう何か月も前から付き合ってるのに知らなかったりだとか。というかみんなどこでそんな情報を入手しているのか。みんなそんなに他人の恋愛の話が好きか。なんだそれは。他人同士が懇ろになって乳繰り合う話のどこがいいのか。自分ができていないにもかかわらず他人がいい思いしているのを聞いて喜ぶ変態マゾプレイヤーマスターズか。実体がないものを喜ぶというのは不動産バブルを煽った資産家や金融業界、もしくは下着泥棒と構造が同じと言っても過言ではない。もちろん過言である。

でもみんなどうして知ってるんだろうね。そんな情報を集める暇があったらぼくはソリティアをします。現場からは以上です。

潰瘍性大腸炎になりました

以前から当ブログやツイッターなどで「今日も朝から血便」などとアッピールしていたわけですが、2週間ほど前に潰瘍性大腸炎との診断を受けました。

潰瘍性大腸炎厚生労働省指定の特定疾患、いわゆる難病です。まさかどこまでもボンヤリした僕の人生に難病というワードが転がり込んでくるとは思いもしなかったよ。第1次安倍内閣解散の際に安倍首相本人が罹患しているということで有名になりました。症状としては、原因がわからないけどなぜか下痢をする、血便が出る、疲れやすくなるというものです。これが直接の原因で死に至るということはないものの、たとえ口内炎であっても炎症というものは長期間治らない場合はガンに転化するおそれがあるため、程度や範囲によっては外科手術で除去する必要があるそうです。

ぼくの症状としては比較的軽いほうらしく、内視鏡で自分でも確認したのですが(この内視鏡検査がこれまた大変だったのですが、それはまた今度)直腸付近が荒れている程度でした。ひどいと大腸全体が荒れるそうです。それでも実際には1日中下痢です。あの、食べ過ぎのときとかの予兆→第一波→しばらく落ち着く→第二波と違って、強めのが一気に来ます(これを個人的に直下型地震と呼んでいるのですが、我ながらいいたとえだと思う)。特に朝、確実に下痢して毎日職場に遅刻しています。そのほか酒、カレーのように刺激の強いもの、生野菜、ゴボウといった繊維質を食べると確実に下痢します。そして毎回血便です。便器が真っ赤。拭いても真っ赤。やけに水っぽいのが出るなあと思ったらそれが全部血(実際は粘血便と呼ばれるものだと思うのですが、見た目としてはほぼ血)。正直大変につらい。そして何より、病気由来のものもあるだろうけど、そんな生活がものすごく疲れる。毎日仕事に行っては疲れて帰ってすぐに寝る生活が非常につらい。

これを人に話すとたいていストレスが原因かと言われるのですが(そんなにストレスたまってるように見えたのか……)、とにかく原因不明の病気なのでどうにもならない。症状が大したことなくてもこれが難病であるのはひたすらそれが原因不明であるという一点にあるくらい。罹患者も難病の中では一番多いらしく、その分研究も進んでいて、完治することはないものの症状を抑えるための治療法はかなり確立されつつあるようです。高橋メアリージュンもこの病気であるらしく「もっと多くの人にこの病気を知ってもらいたい」と喧伝しているようなのですが、空気を読まずアットランダムに下痢になる病気なのでもちろん社会一般にそのことがわかってもらえればうれしいのですが、そこまでするほどの病気でもないなあと思ったりもします。

とはいえ、つらい。先日のブログにも書いた通り、面倒な持病を持ってしまい、毎日体力がなくて疲れてしまう体になってしまったというのは、自分が若くてエネルギーがあって無理をすればなんでもできる、という全能感を失ってしまった気がしてすごく寂しく思っています。もちろんそんなものは最初から存在しないし、潰瘍性大腸炎というのは10~30代の若い人が多く罹る病気というのがまた皮肉ですな。今後の人生について悩んで暗くなることもしばしばあります。だって1日中下痢になっていては好きな映画を劇場で見ることもできないし、コンサートにも行けないし、女性とデートすることもできない。しかし、自分に限界があるとわかって逆にどうプランを組むかを考えるようにもなりました。だて、同じ病気を抱えながら総理大臣にまでなった安倍晋三だっているのだから。内視鏡だって今よりも痛かったろうし、研究も進んでいない時代からこの病気で苦しんできて、それでも総理大臣を務めているというのはぼくにとって大きな希望になりました。彼はぼくにとってヒーローです。「アベ政治を許さない」とか言ってやるなよと思います。

まあつらいにはつらいですが、最近飲み始めた薬(これを飲むのかというレベルででかい。超飲みづらい)が効いてるのか、少し楽になったような気もしなくもないです。だからなんとかやっていきたいと思います。この前教会に行ったら祈ってもらえたしね。つきましてはすぐ下痢になっても構わずデートに付き合ってくれる女性を募集しております。現場からは以上です。

寒い夜における人型寝袋最強説

今週のお題「冬の寒さ対策」

 

 いいか、夜寒かったらこれを買え。黙って買うんだ。

もちろん安かろう悪かろうでおなじみのドッペルギャンガーだから寝袋としては残念極まりない仕様である。寝袋と言いつつゆったり寝られるだけのクッション性は無いし、マイナス5度で使えると書いてあるのもたぶんかなり盛ってる。着てみたらわかるが、ものすごく薄い。絶対これを着て外で寝てはいけないやつだ。

しかし、これが寝巻としては非常に良いのである。

腐っても寝袋であるぞよと主張できる程度の防寒性、ツナギのような構造であるがゆえの他の衣服にはない包まれてる感、開け閉めが思ったよりは簡単なファスナー(まあめっちゃ壊れやすいけど)など、これを着て布団で寝れば寒さとは無縁の夜を過ごせるであろう安心感がある。手先足先など末端の冷えをピンポイントで温めることこそできないものの、寝巻としてはとにかく優秀である。これさえあれば暖房いらず、エアコンをつけっぱなしで寝てのどを痛めることもない。耐用年数はもって3年というところだが、寒くて光熱費がかさんで仕方がない、そんな人はぜひ買うべきだと思う。もちろん寝巻じゃなくても、机で作業するときとかもあると便利。これで試験勉強がはかどりました。

 

今日急に前に好きだった人の声を聴いて震えが止まらなくなったから書いた。現場からは以上です。

痛みの年 2016年振り返り

年が明けてから1年を振り返るのってなんか出遅れた感がすごいですね。とはいえクソ忙しい師走になんでも詰め込んで終わらせようとするのがそもそも日本の生産性の低さにつながっていて云々。とにもかくにも振り返りです。

2016年、とにかく痛かった。肉体的にも、精神的にも、いわゆる「痛々しい」的な意味でも痛かった。

はっきり書けることとしては、現状毎日下痢と共に血便が出るようになった。6月か7月くらいからだったか。通常予兆→第一波→第二波と段階を踏む下痢だが、これに関しては痛みが一気に来る。これを「P波とS波が同時に来る直下型地震」と呼んでいるのだが、我ながらうまいたとえだと思う。これがなかなかどうして、とにかく痛いのとランダムに来るのと血が出るのとでとにかくつらい。あまりにつらいので、もはや生理痛の痛みすら理解した気でいる。フェミニストを敵に回す発言すら辞さないほどのつらみである。はてならしいことを書いておくと、ぶっちゃけ1回職場で漏らした。出たのはほとんど血だったけど。そして来月ついに内視鏡と相成った。あと痔。最初は血便じゃなくてこれだと思っていたのだが、こっちもばっちりイボ痔ができていた。切痔だと思っていたので、痔核はあったが自覚はなかったという格好となる。前述の下痢と合わさって痔瘻に向けてまっしぐら、これぞ泣きっ面に蜂、多重苦、痛くなったらすぐセデスである。うん、もはやなんでもいいけどつらい。痛くなくなるならセデスでもパブロンでもウナコーワクールでもなんでもいい。残りは肩こり(ひどいときは首筋経由で後頭部にくるやつ)、腰痛(90年代以降の藤波辰巳みたいになってる)などなど。既に終息した案件でも今年は1週間高熱で寝込むのが2回、包丁で指先を切り落としたのが1回(ほんのちょっとでも肉まで切っちゃうと形って変わるんですね)、魚の目に悩んだのが3か月ぐらい、派手にすっ転んだのは4回ぐらいか。書き出してみると本当に痛かったなあ。

まあそんなこんなで精神的にもつらかった。それぞれの痛みによるつらさ、そんなんだから休んでも仕事の疲れがまったく取れないつらさ、自分がもう若くないのだなあというつらさ。実際そこまで年食ってるわけではないのだけど、不定愁訴の嵐と誰もが認める老け顔のせいで、自分が若かったという自覚のないまま老いていくという感じ。学生時代とか、特に楽しいことのないまま今まで来てしまったのが、それでも若かったら何とかなるだろうと思っていたのに、その若さまで無くなったのか。ケアしなくても無理の利く体とか、そういうものを使って何かを成し遂げたりすることなく老いてしまうのか、という気がして寂しくなった。そういえば失恋もしたしね。タイミングを問わず下痢をする体では、今後のキャリアにも響くかもしれないし、おちおち女性とデートもできなくなるかもしれない。そう思うことが多くて、とにかくつらかった。

そんな中でもむやみに頑張ろうとして、結構痛々しい感じになっちゃってたなあ、と思うことが振り返ると多かった気がする。休みの日に無理しておしゃれして出かけて余計疲れたり、うん、あとはあんまり折り合いがついてないから書けないな。痛い思いをしている自分を客観視して痛々しく思うって、つらみの連鎖がすごいですな。

そんな中で今年うれしかったのは、ブログを書いたことで反響がもらえたこと。特に、ぼくの書いたエントリがきっかけで自分もブログを書いた、という人がいたこと。涙が出るほどうれしかったなあ。前々から相手に触れることなく人を動かせるような、そんなものを生み出したりしたいなあと思っていたけれど、そういうことができるのは一部の才能にあふれていたりカリスマ性のある人だけだと思っていたので自分には縁のない話だと思っていました。それが急に叶ってしまって、ブロゴスフィアというものはかくも趣深いものなのかと思い知りました。単純に書くことは思考の整理にもなっていいですね。2017年はもっといろんなことを書きたいなあ。読んだ本のこととか、プロレスのこととか、好きなことをもっとたくさん書きたい。ネタはたくさんあるから、あとは時間と体力を何とかしたいところ。でも、健康に関しては前述の通りだし、職場でも実力の伴わない出世をしてしまったし、二進も三進もいかない感がある。今年は楽しいことばかりの1年だといいなあ。

だいたいそんな感じ。現場からは以上です。